理工系の論文はどこで発表するのでしょうか?通常は、学術雑誌で発表します。「雑誌」ですのでそもそもは紙媒体で印刷・出版されていましたが、近年はオンラインのみの雑誌もたくさんあり、むしろそちらが多数派になっています。日本語の学術雑誌もありますが、主には英語で書かれた「国際学術雑誌」を指すことが多いです。
特に学術成果として認められる雑誌には、「査読制度」があります。これは、掲載するにあたって、同じ分野の研究者がその論文の内容をチェックし掲載可否を判断する、という制度です。詳しくは第3回で記載しますが、この「査読」が行われない雑誌に論文を掲載しても、正式な学術成果として認められないことが多いです。
では、その条件を満たす「査読付き国際学術雑誌」にはどのようなものがあるでしょうか?皆さんも「Science」や「Nature」といった超一流誌の名前なら耳にしたことがあるかもしれません。それらは理工学全般(それ以外も)をカバーした極めて高い研究成果を扱っている雑誌です。
それ以外にも「査読付き国際学術雑誌」は無数に存在し、10,000を超える雑誌が存在します。「Science」や「Nature」のように極めて幅広い分野を扱っている超一流誌もあれば、極々専門的な分野しか扱わないマイナー誌もあります。研究成果を発表したい研究者は、その論文をどの雑誌で発表するか選択することになります。
マンガ雑誌に例えるなら、「少年ジャンプ」などの超メジャー誌に載せるか、同人誌のようなマイナー誌に載せるか、といった感じでしょうか(マイナーな学術雑誌でも査読はあるので、「査読」の無い同人誌とは少し異なりますが)。より広い読者(研究者)に見てもらいたい場合と、極々専門的な読者に見てもらいたい場合とで選択は異なるわけです。
当然ながら、前者の方が査読も厳しく、簡単には掲載されません。後者は、比較的査読も緩く、掲載を認められる確率は上がりますが、極端な話、マイナー誌の場合は掲載されても誰にも読んでもらえないこともありえます。そのため、研究者は自分の論文の価値がどれくらいかを見極め、どの程度の「格」の雑誌で発表するかを判断して、その雑誌に投稿する必要があります。
雑誌の「格」を測るIF
より多くの読者を得るため、そしてまた、より影響力の強い雑誌とするため、どの雑誌の編集者も自分の雑誌の「格」を上げようと努力しています。では、その格付けをどのように客観的に測っているのでしょうか?これを定量的に算出する指標の1つとして、”Impact Factor (IF)”があります。各雑誌のIFは次のような式で定義されています。
IF = [直近2年間に出版された全論文の被引用数]/[直近2年間に出版された全論文数]
ここで「被引用数」というのは、先述したように、他の論文の「引用文献リスト」に記載された回数を指します。引用された回数を論文の総数で割るわけですので、IFは「被引用率」とでも解釈すればよいかと思います。各雑誌のIFは、毎年夏頃に更新されていきます。
例えば、私が属する有機光学材料・応用物理・物理化学分野をカバーしている代表的な雑誌のいくつかを例に挙げますと、各雑誌のIF(2026年4月時点)は以下のとおりです。
Nature 48.5
Science 45.8
Nature Materials 38.5
Advanced Materials 26.8
Advanced Functional Materials 19.0
Advanced Optical Materials 7.2
Journal of Materials Chemistry C 5.1
Applied Physics Letters 3.6
Journal of Physical Chemistry C 3.2
Organic Electronics 2.6
Journal of Applied Physics 2.5
Thin Solid Films 2.0
Japanese Journal of Applied Physics 1.8
ただし、IFは簡潔なため便利な指標ですが、注意も必要です。優れた論文ほど引用されやすいということが前提の定義ですが、この前提は必ずしも常には正しくないので、あくまで雑誌の格付けを示す1つの目安にすぎません(例えば、ものすごく画期的な論文は出版後2年間では正当な評価が得られないことがあります)。
また、画期的な論文が必ずしもIFの高い雑誌に掲載されているとも限りません。例えば、私が主に研究を行っている有機ELデバイス分野では、C.W. Tang先生の論文が最重要論文として最も引用され、被引用数20,000回以上(!)ですが、掲載誌はIF=3.6のApplied Physics Lettersです。さらに、雑誌の編集者がIFを上げるためのあからさまな方策を採ったりすることもあります(例えば、引用されやすいレビュー論文の割合を増やす、など)。
IFはあくまで雑誌の格付け評価の数字であり、掲載された論文の価値を示す数字ではないことに注意が必要です。(少年ジャンプに掲載されたマンガも、必ずしもどれもがおもしろいわけでなく、「当たり外れ」があるはずです)。そのため、このIFのみに頼った雑誌の格付け評価に対して警鐘を鳴らす意見も少なくありません。そういった側面があるものの、非常に簡便な指標であるため、現在でも学術雑誌の評価方法として広く用いられています。
論文が発表されるまで
論文を発表するまでの手順はどのようなものでしょうか?前半の流れを順に記すと下記のようになります。
(1)投稿する雑誌の選択と論文の作成
研究の成果と雑誌の格をよく鑑みて、投稿する雑誌を決定します。また、論文の書式・体裁は各雑誌によって異なるため、指定の書式・体裁に従い論文を完成させます。
(2)論文投稿(著者→編集者)
論文のcorresponding author(第1回参照)が、雑誌のウェブサイトから、論文にカバーレター(お手紙)を添えて投稿します。カバーレターには、その論文がどれだけ重要で掲載価値があるものか、アピールする内容を記します。また、この論文を査読してほしい人、この論文を査読してほしくない人がいれば、その希望を伝えます。(例えば、同じ分野においてあまりにも近い内容で研究している研究者がいれば、ある意味競争相手であり、論文著者にとって不利になる査読をする可能性があるので、査読してほしくない人に指定することがあります)。
なお、異なる雑誌に同じ論文を同時に投稿する、いわゆる「二重投稿」は厳禁です。その理由については、同じマンガが異なる雑誌に同時に掲載される事態を想像してもらえればすぐに分かっていただけると思います。
(3)編集者の第一判断
投稿論文を受け取った雑誌編集者は、その論文の体裁を確認し、重要性を評価した上で、査読する価値があるかどうか判断します。この時点で、査読の価値がないと判断された場合は、論文投稿が却下(リジェクト)され、その旨通知されます。このことを”Editor kick”などとよんだりしますが、そうなるとその時点でゲームオーバーです。投稿雑誌を変えて投稿し直す、あるいは論文を書き直す、といった判断を行い、もう一度(1)からやり直しです。
(4)査読依頼(編集者→査読者)
査読の価値があると判断された場合、編集者はその論文内容を十分に理解・吟味できそうな第三者の研究者に査読を依頼します。このとき、著者が指定した研究者に査読を依頼することもあれば、その指定が無視される場合もあります。また、査読者(レフェリー、あるいはレビュワーとも)は、1~5名程度で、雑誌により人数が異なります。一般に、掲載が難しいIFの高い雑誌ほど、査読者の人数は多くなる傾向が見られます。
(5)査読
編集者からの依頼を受けた査読者は(断ることもできます)、内容の吟味と評価を行い、質問や改善点・不備の指摘を記したレポートを作成します。期間は通常2週間程度で行います。査読は基本ボランティアで行い、当然ながら論文に書いてある内容(著者名含む)を一切口外してはなりません。また、著者に対して査読者が誰かということを知らされることは通常ありません(例外あり)。
査読はボランティアですので、引き受ける側のメリットがないと思われるかもしれませんが、査読者にとって新しい研究成果やその周辺技術を学ぶことができる貴重な機会でもあります。また、(査読者が複数いる場合)他の査読者の意見と自分の意見とを照らし合わせることもできますし、投稿から受理に至るプロセスを見ることができますので、勉強になる面も大きいです。
論文が世に出るかどうかを決める最も重要な分水嶺がこの査読ですが、これについては回を改めてお話したいと思います。
