私は山形大学で有機ELデバイスに用いられる有機半導体材料に関する研究をしており、物理化学を基礎とした分光解析に重点的に取り組んでいます。山形大学には「有機エレクトロニクス研究センター」や「有機材料システムフロンティアセンター」等の国際的研究拠点があり、大学院にも「有機材料システム研究科」があるなど、有機材料研究に特に力を入れていることが大学の特色の1つとなっています。

 有機EL研究を含むそれらの研究は、それはそれで大変おもしろく、本サイトで紹介させていただく価値もあるかとは思いますが、それはまたの機会とし、本稿では理工系研究にとって極めて重要である「論文」とはどのようなものなのか簡単にご紹介し、理工系の研究の雰囲気を少し感じ取ってもらえればと思います。

 「論文」は、もう少し丁寧に「学術論文」とよばれることもありますし、特に英語で書かれたものは「国際学術論文」ともよばれます。通常は専門家のチェックを経たものを指すことがほとんどで、その点から「査読付き論文」とよばれることもあります(「査読」については詳しくは第3回で後述)。短いものでA4紙面に3ページ程度、長いものでは数10ページ程度(100ページを超えるものもある)の文章および図・表形で公開されます。

 論文を発表する主な目的は以下の3つです。①科学技術にとって価値ある新たな知見を報告する、②その研究の優先権(誰が最初に明らかにしたか)を示す、③他の研究者がその研究を再現できるようにする、です。もちろん①が最も重要ですが、研究の歴史や研究者の貢献度を知る上で②も、また、科学技術において再現できない研究は意味がないので③も大切です。理工系の論文では、同じ分野の他の研究者がその論文を読んで同じ実験・計算を再現できる程度に、十分な情報を含んでいることが求められます。

論文は消えない(消せない)

 論文がいかに重要かを示すもう1つの事実は、論文は永久に残る、ということです。「永久に残る」ということは、同時に「消すことができない」「修正もできない」ことも意味しています。すなわち、一度発表された論文は、その著者たちの名前と共に未来永劫(もちろん著者たちの死後も)永久に残り続けます。

 一度公開されてしまうと、著者自身が消し去りたいと思うような恥ずかしい論文でも、あるいは間違った情報や頓珍漢な考察を含んでいる論文でも、消すことはできませんし、内容の修正も一切許されません。(どうしても修正したい場合は、修正箇所だけを記載した正誤表”Errata”を別途追加発表することはできますが、元論文は一切修正されません。)後になって情報を追加する「後出し」も一切不可です。

 膨大な数にわたる全世界の学術成果の情報を時系列含め積み重ねていく上で、この論文の高い恒久性が、どれだけ大事なことかはご想像いただけるかと思います。例えば、研究の優先権が争われる(どっちが先にやった研究か論争になる)ような場合を想定すると、恒久性が極めて大切になることが分かっていただけるでしょう。(優先権に関する話は、第3回で改めてお話しします。)

 もちろん内容に加え著者たちの名前も永久に残り、かつ修正不可ですので、別の側面から見ますと、研究者が自分の仕事の業績を分かりやすい形で残すのに、これ以上ない「作品」になります。例えば、楽曲に作曲者・作詞者の名前が残るように、あるいは映画のエンドロールに出演者・スタッフの名前が残るように、研究者自身の名前が付いた「作品」として永久に残すことができるわけです。私が以前所属していた企業を退職してアカデミックの道を選んだ理由の1つとして、この点に大きな魅力を感じたということも挙げられます。

 私個人にとっては、自分が関わった論文は、多大な労力を費やして後世に残すかけがえのない作品です。その中でも数本の論文は、自身の誇りでもある極めて大切なものです。研究に情熱を注いで取り組んだ研究者であれば、誰もがきっとそのような誇りに感じる論文を持っているのではないでしょうか。論文に対する思い入れが私は少し極端かもしれませんが、ともかく研究者にとって極めて重要なものであることは確かだと思います。

著者の順序はデリケート

 理工系の論文は大きく分けて、(1)レター論文、(2)通常論文、(3)レビュー論文、の3つに分類されます。(1)のレター論文は、速報性が重要視され、通常論文より短いページ数(3~6ページ程度)で発表されます。(2)の通常論文は、それより長くなることが多く(通常5~15ページ程度)、速報性より詳細性が重要となります。これら(1)および(2)の論文は、未発表の最新研究成果を十分に含んでいることが求められます。なお、近年では、論文発表のオンライン化に伴いページ数の制約が緩くなったため、(1)と(2)の境界があいまいになりつつあります。

 (3)のレビュー論文は、あるトピックに関する近年の発表済み論文(自身が発表した論文のみならず他者が発表した論文も含む)を十分に整理し、その整理された情報を読者に提供する論文です。未発表のデータを含んでいる必要はなく、他者の研究を含めその研究分野の過去を振り返りまとめたものであり、(1)および(1)の論文とは趣旨が異なります。

 情報を正確にまとめるには近年の研究動向に精通している必要があるため、レビュー論文の著者は、通常は発表する雑誌の編集者によって著名な研究者(その分野の大家など)が選ばれます。したがって、(1)や(2)と異なり、誰でも執筆できるものではなく、実績が求められます。また、多数の過去論文に言及するため、通常は10ページ以上(100ページ以上のものもある)の長いものになります。近年の研究動向がさまざまな形式によって記載されます。

 ここでは、(1)レター論文および(2)通常論文に何が書かれているかについて概要をご紹介したいと思います。大きく分けると、これらの論文の一般的な構成は以下のとおりです。

(i) 「タイトル」
(ii) 「著者名とその所属」
(iii) 「論文の要約」
(iv) 「論文本文」
  (iv)-1. 「イントロダクション」
  (iv)-2. 「実験・計算の詳細」
  (iv)-3. 「結果と考察」
  (iv)-4. 「結論」
(v) 「謝辞」
(vi) 「引用文献リスト」

 この中でよく問題(?)になるのが、(ii) の「著者名とその所属」です。理工系の論文の著者は複数人になることが多く、その順番が大事なのですが、それには映画の出演者のクレジットと似たところがあります。名前が最初の人が、いわゆる”1st author”で、その研究で主役級の活躍をした人です。実際に手を動かして研究を進めた若手研究者や修士以上の学生がここに入ることが多いです。通常はこの1st authorが論文の大部分を執筆します。そこから、研究への貢献度順に、”2nd author”、”3rd author”…と続いていきます。

 では、その研究全体を統括して取り仕切った人は、どこに来るでしょうか?その人は、通常いちばん最後に名前が来ます。いわゆる”last author”で、その研究チームの代表がなることが多いです(例えば、教授、准教授など)。映画の出演者のクレジットで大御所の名前が最後に来るのと少し似ていると思います。また、映画のクレジットと同様に、その研究チームの準代表に相当する人は、最後から2番目に来ることが多いです。

 さらに、この名前の順序とは別に、”corresponding author”(責任著者)というものがあり、通常名前の右上に”*“マークが付けられています。この*マークは、「この論文の最終的な責任は私が負います」ということを表すマークで、この研究を牽引した実質的な最高責任者とみなされる重要なマークです(複数人に*マークが付いていることも多々あります)。通常last authorに*マークがついていることが多いですが、研究のアイデアそのものが別の研究者による場合などはlast authorではなく、別の著者に付いていることもあります。

 以上のような「著者の順序」や「*マーク」は研究に対する貢献度を示すものですから(もちろん公開後の修正不可)、その取扱いをどうするかデリケートな問題になることもあります。(そういった問題をできるだけ解消するために、論文の最後に「著者の誰が何に貢献したか」を明記させるような雑誌もあります。)

 よく起こるのが、同等の顕著な寄与をした人が2人いた場合にどちらを1st authorにするか、という問題です。やはり1st authorと2nd authorの違いはとても大きいので、2人の研究者いずれも譲れないことがあります。そのような状況に対応するため、”double 1st author”という対処法があり、注釈として「この2人は同等に寄与しました」ということが明示されることもあります。いずれにしろ、論文を発表する際には、この「著者の順序」および「*マーク」について、共著者全員の同意があらかじめ必要になります。

 (iii)は論文の要約です(ただし(1)のレター論文では省略されることが多いです)。通常英単語200語程度で論文を総括した内容を記載します。これを読んで、その論文本文が読むに値するかどうか判断する読者もいますので、タイトル同様、大事なパートです。

 (iv)から論文本文が始まります。(iv)-1のイントロダクションでは、その研究を行うに至った背景が記載されます。「なぜその分野の研究が重要なのか(研究の重要性)」「これまで何が達成されて、何が達成されていないのか(現状の到達点と未達点)」「その未達の事柄に対して、本論文でどのようにアプローチし解決したのか(本論文での手段と到達点)」といった内容が記載されます。論文本文の最初のパートですが、その分野の最新動向に対する知識も少なからず必要とされるので、うまく書くのに学生が最も苦労するパートでもあります。

 その一方で、これ以降の本文パートよりも記載内容の自由度が高いため、研究者としての個性・思想を表現しやすいパートでもあります。イントロがおもしろい論文は、決まってそれ以降の内容もおもしろいことが多いです。逆に、異なる論文で毎回イントロをコピペしているような研究者もいますが、その後の内容はともかく、読む興味がかなり薄れることは確かです。

 (iv)-2の「実験・計算の詳細」は、実際にどういった実験装置・計算ソフトウェアをどのような条件で使用したかなど、その研究で行った実験・計算に関する情報を列挙するパートです。その研究を他の研究者が再現しようと思ったときにそれが可能となるよう、必要十分な情報を示す必要があります。

 (iv)-3の「結果と考察」は論文を構成する上で主体となるものです。どういった実験・計算結果が得られ、その結果からどういったことが明らかになったかを議論するパートで、論文本文の7割程度を占めます。そうして得られた最終的な結論を(iv)-4の「結論」でまとめます。この「結論」も重要で、読者の中には、(iii)の要約を読んだ後にすぐに結論を読んで論文そのものの重要性を判断する人もいます。

 (vi)の「引用文献リスト」は、後述する発表雑誌(第2回)や評価方法(第4回)にも深く関わっている重要なものです。その研究が、過去のどの研究論文を参考にして進められてきたのかが、このリストを見ればわかります。ここに記載される頻度が高い論文ほど、「多くの研究者が参考にした貢献度の高い論文」とみなされます。そういった評価において重要となる論文の「被引用数」も含め、詳細は第2回および第4回で説明したいと思います。