さて、西洋の近代化が世界で支配的になっていった経緯に国民国家の形成が寄与していたという論点に立ち戻ろう。というのも、人びとが近代化に魅惑されてきたのには、その国民国家観と市場観、貨幣制度への信認が絡んでいたと思われるからだ。と同時に、今やこうした信認が根本的に揺らぎ始めており、しかしまだ代替案のない現実があることも、先取り的に述べておこう。
近代国民国家は、専制君主や絶対王政の政治体制を市民の力で打ち破り主権を獲得して自由で民主的な体制を開始した体制であった。このような近代国民国家は、他の同様な近代国民国家の国内政治・経済に介入せずに互いの主権を尊重し、対等な立場で外交交渉や自由貿易を行うことで、「国際」(インターナショナル=敢えて訳すなら国民間)社会を形成し、その秩序と継続性を担保することができると想定された。これをウェストファリア体制と呼ぶこともある。
前半で触れたカール・ポランニーは20世紀のなかば頃に、一国内の自由主義とそれを基盤とした国家間の勢力均衡(バランスオブパワー)という政治的制度を19世紀文明の主たる構成要素の二つとし、これを支えるのが一国内の自己調整的な、つまり外部から介入せずともやがて均衡に達する市場、そして国際金本位制という同時期の二つの経済的制度であったと考えた。もちろんこの四つの制度はいずれも、一朝一夕に突然、確立されたものではなかった。
特に国際金本位制については、その後のブレトンウッズ体制(編注:米国ドルを基軸通貨とした国際通貨・金融体制。ドルと金の相場を固定し、その上で各国の通貨とドルの交換比率を固定した)以降のように国際社会の制度的合意があったわけではなく、近代国民国家諸国が個別に自国の貨幣・金融システムの整備を行っただけであった。それまで各国の諸地域では、銀やその他の金属貨幣、金と銀の双方を用いていることもあった。しかし他国に先駆けて近代化した英国が金貨を本位貨幣として採用した影響もあり、次第に多くの近代国民国家が、金貨を本位貨幣とする金本位制を採用するようになったのだった。それでももちろん、世界中の国がすべて金本位制を採用したわけではなく、また金本位制を採用した場合でも国内に十分に浸透したとは限らなかった。
ここで注目したいのは、このような貨幣制度の整備を進めた国民国家の為政者らの近代化への意志が、「貨幣の素材や価値内容、比率、価値単位の名称などは国が定めるもの」という考え方を伴い、貨幣を国家権力・権威の象徴として扱う見方に通じていたということ、またその見方は権力や権威と市場とを対置し、市場の側に社会すなわち人びとを置いて国家対市場という「対立軸」を想定する考え方につながっていったということである。
そもそも、自由主義の政治システムは国家権力・権威という相手方(敵方)と市場経済システムとを対置し、みずからは市場システムとともに機能するようふるまうことで、社会や人びとの暮らしの側に立つものと自明視されやすい構造をつくり出したのであった。この構造においては、貨幣制度や貨幣システムはいわば「お上」が決めるものであり、人びとは疑問を持たずにこれを所与として信認した上で「自由に」活動し利得を得て蓄財したり納税したりすればよいとされている。ここにおいて貨幣そのものは問われてはならない透明な存在とされることになる。
政治的主権と貨幣
もっとも西洋近代化の初期には、自由主義的な社会思想、政治思想において「主権」、すなわち最高の独立性と最高の意思決定の概念を考察した論者たちが、貨幣に関する考察を行っていたという事実がある。つまり貨幣に関する主権(通貨を発行する権限など)は、政治的主権に含まれることが自明ではなかったということである。
近年、貨幣に関して歴史学や人類学の知見も視野に入れながら包括的な定義を試みたブルーノ・テレは、「貨幣の政治哲学」と題した論考においてトマス・ホッブズ、ジョン・ロック、フリードリヒ・フィヒテを取り上げ、かれらが「政治主権に関するそれぞれの構想の中で貨幣に重要な位置を与えており、彼らの『貨幣の諸哲学』は、国家の多様性、および国家が枠づけかつ/または推進する資本主義の多様性に関する説明に関係してくる」(テレ2021:65)と論じている。
テレによれば、ホッブズの思想において「国家は、貨幣化した契約的交換の経済において心臓に相当するものであり、そこでは商品交換と再分配という二つの原理が緊密に接合している。…ホッブズにおける貨幣は、もっぱら公的・財政的な貨幣である」(前掲書:69)。一国内の経済における貨幣の流通は、人の身体内の血液循環のアナロジーでとらえられていた。一方、ロックの思想において「父祖伝来の慣行によって正当なものとして創始された貨幣は、国家に対して主権的権威としての地位にあり、国家は、この権威に忠誠を誓う義務を負った執行権力へと還元される」(前掲書:95)。つまり貨幣は血液循環的な機能を超えて、富や権力を蓄積し継承する手段と見られていた。
他方、フィヒテの思想においては、近代的な国民、国家と貨幣・経済の主権が三つ巴の位置関係でとらえられていた。すなわち「国民と国家は、価値上位にある権威と執行権力という、政治主権の秩序を構成するものであり、貨幣と経済は、政治に支配された経済的秩序を構成するものである。しかし国民と貨幣は、国家の貨幣権力の頭越しに、共通の社会的信仰(国民に内在していて、貨幣に必要なもの)を通じて結び付けられている。また国家と経済(所有)は、貨幣の頭越しに、国家の商業的閉鎖を通じて結び付けられている」(前掲書:103-104)という。
これらの近代西洋思想史の一端からだけでも、近代国民国家における政治的主権が、貨幣に関する必ずしも一様ではない主権のあり方とともに、検討されていたことがわかる。ただしこれらの諸思想は、産業革命や市場社会、つまり市場取引を人間社会のほぼ唯一の活動として組織する社会が進展する以前、そしてその始まりの時期のものであった。それ以降は、市場分析としての経済学、つまり政治と経済を分離して後者だけを分析対象として市場を中心に考える学問が体系化される中で、貨幣に適切かつ十全な位置を与えることが次第にできなくなっていった。貨幣は市場のみえない潤滑油として、あるいはヴェールのように内実を覆うだけの、ただ商品に準ずるだけの存在とされるようになったのであった。
20世紀の初頭前後にはごく例外的に、たとえばイギリスにはアルフレッド・ミチェル・イネス、ドイツにはゲオルク・フリードリヒ・クナップのように、貨幣それ自体を考察する論者も存在したが、長い間およそ看過されてきた。再評価されるようになったのはごく近年のことである。
貨幣システムの行方
ヴェールではない貨幣に注目すると、国家権力・権威に対置される市場と社会とを同一視するのが、必ずしも適切とは限らないことが明らかになる。そもそも貨幣は決して透明で不可視な存在ではなく、それ自体への強い欲望を喚起する対象である。特に貨幣そのものが商品化される自由主義の流れにおいて、規制が撤廃されれば自制心も取り払われ、好況期であれば一層あけすけに資本利得の欲求の対象となる。一方不況期には、所与とされた貨幣への無意識の信認は揺らぎ始め、疑念をいだかせ、ついにはパニックを引き起こして崩壊する。19世紀文明の政治経済システムは、まさに国際金本位制のほころびからシステム全体の崩壊へと至ったのであった。
ポランニーが看破したとおり、市場そのものがいわゆる自由放任の下で機能する制度ではまったくなく、細かい調整や政治的介入を経て何とか機能するかどうかであった。特に後発・新興諸国においては、先進諸国がしばしば植民地の宗主国として強い圧力や非対等な条件で「自由」貿易を強制した歴史があり、市場と社会の距離感はより大きい傾向があった。国際金本位制と呼ばれた時期にも、植民地の貨幣的統治は場当たり的、恣意的な対応を多分に含み、市場と社会の乖離は先進諸国よりさらに大きかったようである。こうした周辺での不確定要素もまた、システム全体に波及して中心までも揺るがす原因となった。
21世紀も四半世紀を超え、国際金本位制の後の国際貨幣・金融制度としてのブレトンウッズ体制、基軸通貨としての米国ドルの固定相場から変動相場へという歴史的変化も経て、わたしたちは「近代化」に魅了されていた時期とはいささか異なる貨幣・金融的段階に達している。2008年以降にはビットコインなど仮想通貨(国際的名称としての暗号資産)の登場により、国境を越えた貨幣取引は新たな段階に入ったともいわれている。また世界諸国の近年の為政者らの恣意的な行動は、ドルや現行の貨幣システムの致命的凋落の現実味を増大させている。これまで数々の危機をもち堪えてきた信認(トラスト)、信頼(コンフィデンス)、信用・債権(クレジット)の構造は、およそ限界に達している。
この局面において今後貨幣はどこまで、社会に根ざした相互的活動の実践に深く関わる文化的価値を担い得るのか。答えは決して自明でなく、一様でもないだろう。ただ、世界の貨幣システムの構想が手つかずにとどまる限り、たとえ広義の経済概念が世界の新たな時代的文脈において重要であるとしても、そこに存在する深刻な脆弱性を拭い去ることができない。ここに現代の急務がある。
参考文献
テレ, ブリューノ, 2021 『社会的事実としての貨幣:その統一理論と多様な現実 ネオ・レギュラシオン・アプローチ』坂口明義監訳、中原隆幸・北川亘太・須田文明訳、晃洋書房


