ベルリンの壁を崩壊させた言葉

――交換様式D(交換様式Aの高次元での快苦)の契機の一つとして、見返りを期待しない贈与=純粋贈与があるのではないかというお話でした。先生はもう一つ、「純粋発話」にも言及しておられますが、これはどういったものですか。

 交換様式DはBの国家やCの資本主義を突き崩すものなので、じゃあそのような社会はどのように統治されるのかという問題があります。これに関して柄谷さんは古代ギリシャにあったとされるイソノミア(支配なき統治)を挙げていますが、彼の議論には先行研究から有力な疑問が提示されているので、そこからは離れ、イソノミアを「言葉の贈与」という視点で考えてみたのがきっかけです。

 「純粋発話」は未知の誰かに向けられた応答の保証のない発話のことで、ほとんど純粋贈与のパロディなんですけど、純粋贈与にコミュニティを再編する力があるのであれば、純粋発話にも現行の社会を変える力があるのではないかと。つまり、国家や資本主義による統治からはみ出るような言葉、もしくは叫びが、既存の社会体制を突き崩し、新たな社会の可能性を準備するということが考えられると思うんです。

 具体的な事例を挙げるの難しいんですけど、一つ、そう捉えこともできるかなというのがベルリンの壁が崩壊する過程で起きた現象です。

 1980年代以降、東ドイツでは経済の停滞や社会主義統一党の一党独裁による言論・移動の自由の制限などによって国民の不満が高まっていきました。そして1989年、同じく社会主義国家だったハンガリーが民主化によってオーストリアとの国境を開放したため、多くの国民が東ドイツからハンガリーを経由してオーストリア、さらには西ドイツへと脱出していきます。これはこれで非常に重要な動きなんですけど、その時に脱出しなかった人びとが “Wir bleiben hier.”(リア ブライベン ヒア)、英語にすると”We stay here.”ですね、「私たちはここに残る」という言葉によって次第に団結していったんです。

 見方によっては、彼らには脱出するだけの経済力であったり、他国で働くための人脈や能力がなかったとも言えるのかもしれませんが、仮にそうだとしても、自分たちが生まれ育ったこの場所をつくりかえるんだという意志をもった人びとであることに変わりはありません。その思いがこの“Wir bleiben hier.”という言葉、ある種のシュプレヒコールとなって、東ドイツ政府にNOを突き付けた。

――残るからと言って、現体制に従うというわけではないんですね。

 はい。あくまでも現体制を打倒し、民主化を推し進めようとする運動です。そして、それが進むにつれてコールが “Wir sind ein Volk”(リア セント アイン フォルク)、 英語だと“Wie are one nation”という感じですかね、「われわれは一つの民族だ」という風に変わっていきます。ドイツ民族に東も西もないんだと。

 これだけ聞くとナチスの復活みたいで怖い感じがするのは否めないんですが、こういう言葉が出てくること自体、従来の東ドイツ社会ではありえなかったと思うんですよ。 “Wir bleiben hier” (リア ブライベン ヒア)にしても“Wir sind ein Volk” (リア セント アイン フォルク)にしても、既存の国家=交換様式Bを抜け出し、さらには破綻させる言葉であり、それによって実際にベルリンの壁の崩壊という歴史的な共同体の再編が起こった。

 ここで考えてみたいのは、これらの言葉が初めて発せられた瞬間のことです。誰が言ったのか、誰に向けて言ったのかはわからないし、考えた末にというより、思わず口をついた叫びのようなものだったのかもしれない。故にそれは応答の保証のない純粋発話であり、普通ならそのまま空中に消えてしまうところを、反応する人が現れ、それが連鎖的に広がって、遂には社会の変革を引き起こした。これは、純粋発話によって交換様式Bが打倒されたと見ることができるのではないでしょうか。

 ただし、東西のドイツが統合され完全に一つの国家になってしまうと、この言葉は力を失い、社会はまた交換様式Bに取り込まれてしまう。なので、変革に至るまでのプロセスですよね。既存の価値観や統治システムを機能させている言葉の循環をストップし、同時に新しい共同体を、それは大きくなっても小さくなってもいいのですが、生み出していくような言葉。そういったものが、交換様式Dの発露の一つではないかと思うんです。

――ということは、交換様式Dは共同体が再編される過程においてのみ現れるものであって、安定的に存続するしくみではないということですか?

 一定期間は存続するかもしれませんが、やがてはA、B、Cのどれか、あるいはその構成体に回収されてしまうように思います。だとするとそれは現実的には制度化できないしくみであり、そんな絵空事を追いかけることに何の意味があるんだと思われるかもしれませんが、交換様式Dを――それがどのような形になるにせよ――到達点として固定してしまうと、国家や資本主義と同じように、結局はわれわれを抑圧し疎外する論理になってしまうような気がするんですよ。柄谷さんが交換様式Dの具体的なビジョンを示さなかったり、未来から到来すると語っていることには、その辺りも関係しているのかもしれません。

理想を語ることの意味

――社会や政治に限った話ではありませんが、理想を語ることはものすごく重要だと思います。現実的な問題や課題はたくさんあるし、それに対応していくことが大事なのは当然ですけど、そもそもどうあるべきかという理想が語られなかったら、社会を変えることなんてできないんじゃないかと。

 そうですね。資本主義にしても共産主義にしても元々はある種の理想だったわけで、批判すべき点はそれぞれにあると思うんですけど、良くも悪くもそれまでの社会を変えてきたのは事実です。それに対して現代は、今とは異なる社会、オルタナティブがあり得るという理想論が語りにくくなっているように感じます。

 アメリカの加速主義、たとえばイーロン・マスクの火星移住計画のようなものはありますけど、あれは全人類を包み込むというよりはイグジット、さっきの東ドイツの話で言うと国外に脱出するという方向性ですよね。財産や能力のない者は取り残されてもかまわないと。彼は、最終的に人類は複数の惑星に住む「多惑星種」になると言っていますけど、それはあまりにも具体性を欠いていて議論の仕様がない。そんなものを理想と呼ぶことがはたしてできるのか。

 まあ、それは置いておくとして、最低賃金を上げるとか少子化対策といったこともすごく重要ではあるんですけど、やはりそれは対症療法なので、そうした個々の政策だけで社会を変革することは難しい。一方で、かつてあった普遍的な理想、いわゆる「大きな物語」への信頼が失われているのは確かなので、ならばせめて、いまの社会体制にアリの一穴をこじ開ける発想が必要でないかというのが、私が柄谷さんの議論に注目した理由です。

――交換様式A(贈与交換)とC(商品交換)では、交換が成立するまでの時間に違いがあるというお話がありました。Cが基本的にその場で受け渡しが完了するのに対し、物がいろいろな人の所を転々とするAでは長い時間がかかる。このことを踏まえると、学術研究や学術論文は交換様式Aの初発である純粋贈与にあたるのではないでしょうか。同時代に評価されるかどうかだけでなく、いろいろな人の目に触れ、いつかそれを自分への贈与だとみなす人が現れたときに成立する、長期的で不確定な贈与なのかなと。

 私もそれに近いイメージを持っています。論文には「インパクトファクター」といって、誰にどれくらい引用されたかを示す指標があるんですけど、仮にそれが低かったとしても何かのきっかけで掘り起こされ、再評価されるということが結構起こるんですよ。さっきの三輪車の話と同じで、ある時誰かがそれを受け取り、また次のものを生み出していく。

 それはとても息の長い、持続的なプロセスであり、再評価された頃には論文の著者は亡くなっているかもしれないんですけど、そういった積み重ねが学問を発展させてきたと思いますし、それはこれからも変わりません。なので、本の売り上げやネットでの評価といった今の社会の価値観だけで、この学問には意味がないとか、この論文には価値がないと決めつけることは、学問が自分自身の首を絞めるだけでなく、新たな社会の可能性を閉ざしてしまうことに他ならないのではないでしょうか。

 

(取材日:2025年10月13日)