本サイトでの「近代化とは何だったのか——現代の「はじまり」を求めて」では、近代化をめぐる重要な論考が収められています。宗教、国家、情報、科学と怪異、メディア、フェミニズムなど、多様な観点から近代化について鋭く考察されてきたこれまでの論考を念頭に、今回、私は「近代化とポストコロニアル社会」という新たな観点から議論を付け加えたいと思います。
先にポイントを示すならば、ある国や地域の近代化を考えるときには、同時代の別の地域との関連性を踏まえる必要があるという点です。たとえば日本の近代化を考えるとき、それを可能にした日本のさまざまな条件を考察することになりますが、それは同時代の別の国や地域といかなる関係を取り持っていたのかを思考することも要求します。
これまで私はフィリピンでフィールドワークをおこなって研究を進めてきました。日本の近代化は、同時代のフィリピンから見つめるならどう捉えられるのでしょうか。あるいはフィリピンの近代化を考えることは、どのように、近代化をめぐる別の視座を打ち出すことにつながるのでしょうか。
近代化を、一国内の諸条件からだけでなく、トランスナショナル(越境的)な絡まり合いから捉えてみる。とりわけグローバルサウスと呼ばれる南半球の国や地域の視座から見える近代化のあり方は、私たちの考えを複眼的なものにしてくれるはずです。
鉄鋼業と低開発
フィリピンの近代化を考える上で、ここでは小説家ショニール・ホセ(1924-2022)の1962年の作品『仮面の群れ(The Pretender)』(邦訳はめこんより1984年刊行)を取り上げます。ホセはフィリピンを代表する作家で、フィリピンの社会構造や民衆の抱える苦難をテーマにした数多くの作品を書き上げました。英語で執筆された彼の著作群――このこと自体がフィリピンの置かれた植民地状況を浮かび上がらせます――は、世界中で22の言語に翻訳されています。
『仮面の群れ』は、ホセが「ロサレス物語(サーガ)」と呼ぶ五部作のうちのひとつです。ホセは30年以上かけて、この大長編の五部作を書き上げました。時代としては、スペイン植民地時代の1880年代からはじまり、1972年のマルコスによる戒厳令の発令までをカバーした壮大な叙事文学です。
フィリピン・ルソン島の最北の地方イロコスに生きる貧農の一家が、ルソン島中部の平原に移住し、その末裔が首都マニラの大学で学ぶようになり、最後には反マルコスの蜂起に加わるというプロットで、文体も展開もすばらしいです。日本語では五部作のうち、時代的には最も新しいものを扱った『仮面の群れ』と『民衆』を読むことができます。
『仮面の群れ』では1950年代を主な舞台として話が展開します。詳細はぜひ小説自体を読んでもらえればと思いますが、ここで取り上げたいのは、以下の一節です。当時のフィリピンでは近代化において鉄鋼業の発展が鍵であったのに対し、それが進まないことを登場人物が次のように語ります。
わが国には鉄鋼石埋蔵量が無限にあるのに〔中略〕鉱脈のほんの末端だけしか採掘していないんだ。数字は単なる実例でしかないが、あげてみると——わが国は処理加工用鉄鉱石をトンあたりたったの三〇センターヴォで日本に輸出しているが、その鉄鉱石を銑鉄または第一次鋼鉄原料として再輸入する時はどのくらい払うか知ってるかい?トンあたり三〇〇ペソ(編注:1ペソは100センターヴォ)なんだ。フィリピン産鋼鉄に反対しているのは、もちろん、マニラのアメリカ系輸入業者たちさ。ひとたびわが国に鉄鋼工場が建設されてみたまえ、彼らはもうけの大きい市場を失うわけなんだ。(『仮面の群れ』pp.205-206)
フィリピンには、多くの鉄鋼石埋蔵量があるのに、鉄鋼業が育たない。より適切には、その発展が外圧によって低く抑えられてしまっている。フィリピン国内の条件だけでなく、アメリカや日本とのポストコロニアルな関係において読み解かれているのです。
1962年に出版された『仮面の群れ』ですが、登場人物にこのように発言させるほど、フィリピンの「低開発」状態はリアルなものとしてこの作家の眼に映っていたのでした。先述した通り、鉄鋼業は、近代化を進める上で無視できないものです。たとえば都市を近代化するには、建築物や道路などの新たな建設が必要ですが、そのために鉄が不可欠なことは、すぐにわかるでしょう。
鉄の原料はあっても、鉄を製造する能力は与えられない。原料は日本で加工され、フィリピンに鋼鉄原料として再輸入される。この貿易過程をマニラのアメリカ系輸入業者が牛耳る。
この過程において、さきほど使用した「低開発(underdeveloped)」という用語は重要です。詳しくは、本稿の後半に記しますが、これは「未開発(undeveloped)」とは決定的に異なります。未開発は開発がはじまっていないことを意味しますが、低開発は開発が低く抑えられていることを意味するからです。
小説の会話からわかるのは、鉄鋼業が「低開発」である状況です。それを発展させることが可能であっても、他国との関係において低く止め置かれてしまう。ここに植民地主義以降を意味するポストコロニアルな社会の現実が見てとれます。
ダイナマイト漁と戦後
『仮面の群れ』には、他にも大切なエピソードが登場します。漁民のダイナマイト漁です。海中でダイナマイトを爆破させ、その衝撃で海底に沈んだ魚や、海面に浮いた魚を集める漁法です。生態系を破壊するために今日では多くの国で禁止されており、フィリピンでも珊瑚礁への影響の懸念などから1975年に禁止となりました。
しかしこの小説が書かれた時代には、まだダイナマイト漁はおこなわれていました。
きみの生まれ故郷のパンガシナンに一つの村がある。そこは海辺で、村の連中は、一九四五年にアメリカ海軍が海の底に投げ込んだ爆弾を海に潜って引き揚げて生計をたててるんだ。連中は爆弾から火薬を取り出し、その火薬をダイナマイト漁に使うんだよ。三か月前に、連中が開けていた爆弾が爆発した。三七人死んだ—女子ども含めてな。(『仮面の群れ』p.208)
ダイナマイト漁は、戦争とつながっています。戦争で海底に沈んだ爆弾が、漁で利用されていくのです。網漁(ぎょもう)のような設備投資をせずとも、この漁法であれば、漁が可能です。貧しき漁民にとって、ダイナマイト漁は有効な選択肢のひとつなのです。ですがそれはまた、先の引用部のように凄惨な結果を引き起こすこともあることがわかります。
ほかにどうしようもないんだよ、全くのところ。連中も生きていかなきゃならない。われわれだって、生きなくちゃならない。だからわれわれは森林を破壊し尽くし、漁場ではダイナマイトを使うんだ。われわれはありったけの鉱石と最上級の木材を日本へ輸出してるんだ。(『仮面の群れ』pp.208-209)
生きていくためにダイナマイト漁をおこなう漁師たち。その存在は森林を破壊し尽くして、最上級の木材を日本に輸出する事態と並記されるかたちで、小説の一シーンを構成しています。
ホセがこの小説で見据えていた現実とは、フィリピンの貧しさであったことは間違いありません。彼は評論集『なぜ私たちは貧しいのか(Why We Are Poor)』(2005年)を刊行しています。ここで重要なのは、この貧しさを、フィリピン国内の問題であると同時に、ポストコロニアルな文脈における他国との関係において構成されたものとホセが捉えていた点にあります。
日本が高度経済成長期を迎え、大量の鉄や木材を必要としていたまさにそのときに、フィリピンでは何が起きていたのか。そこでは鉄鋼業の発展を阻害する仕組みが根づいていて、漁師はダイナマイト漁で生態系を破壊し、さらには自らの命をも落とす現実があった。近代化をそれぞれの国に固有の制度や条件の側から考えることも重要ですが、それらを横断して、トランスナショナルな観点から、ある社会の近代化を考えることの重要性を、ホセの小説は教えてくれます。
低開発という視座
『仮面の群れ』からの以上のエピソードを踏まえて、ここで低開発という概念を検討したいと思います。この概念は20世紀の社会科学においては、頻繁に参照されていましたが、現在ではあまり耳にしなくなりました。
私は現在においてはあまり使われなくなった――「古い」とされる――概念であっても、きちんと振り返っておくことが重要だとつねづね感じています。現在、頻繁に耳にする概念を学ぶことはもちろん重要ですが、そうした概念は、現在の時代状況にもとづいて作られています。言い換えるなら、現在の時代状況に拘束されているとも言えるわけです。そうした中で、かつて議論された概念を辿りなおしておくことは、現在を別の時代状況の側から診断することを可能にしてくれるでしょう。
この概念をめぐってはさまざまな研究がありますが、ここでは有名な「低開発の発展(The Development of Underdevelopment)」という論文を取り上げます。ドイツ出身でアメリカで学んだアンドレ・グンダー・フランク(1929−2005)が執筆したもので、1969年に刊行されたLatin America: Underdevelopment or Revolution, Monthly Review Press という本(邦訳は『世界資本主義と低開発——収奪の《中枢−衛星》構造』柘植書房、1976年)に収められています。
フランクの主張は、巧みな論文タイトルに示されています。低開発という開発(あるいは低発展という発展)がおこなわれているということです。さきほど少し述べたように、低開発(underdeveloped)は未開発(undeveloped)とは異なります。それは開発がいまだおこなわれていないのではなく、開発が低い状態に押さえ込まれた状態を指す言葉なのです。フランクはこう書きます。
低開発とは原始的な段階でも伝統的なものでもないこと、そして低開発諸国の過去や現在は、現代先進諸国の過去とはいささかも似ていないということは明らかである。現代の先進諸国は、かつて未開発だったということはあるかも知れないが、低開発だったということは決してないのである。(『世界資本主義と低開発』p.15)
たとえば日本の近代化とそれに伴う開発を考えてみましょう。そこで見られるのは、近代以前の未開発であり、そこから開発が進展していく過程を読み取れるでしょう。フランクはこの論文で、まさに日本の事例をそのように紹介しました。しかし植民地世界を考えるとそれとは異なった像が見えてきます。
歴史の研究が示すように、現代の低開発は大部分、過去も現在も続いてきている低開発的衛星諸国(サテライト)と先進的中枢諸国(メトロポリス)の間の経済をはじめとする諸関係の歴史的所産にほかならない。(『世界資本主義と低開発』p.15)
この論文は、ラテンアメリカおよびインドの事例を引きながら執筆されていますが、引用箇所の内容はラテンアメリカ同様に、数百年におよぶ植民地支配を受けたフィリピンにも当てはまるでしょう。ホセの小説が描き出したのは、まさにこの低開発のありようだったと言えます。なぜフィリピンでは、鉄鋼業が育たないのか。どうして最上級の木材は日本に輸出され、漁民がダイナマイト漁をせざるをえないのか。
さらにフランクは興味深い論点を提出します。植民地支配を経験してきたグローバルサウスの国や地域において、20世紀に高い経済発展を遂げたのは中枢諸国との絆が弱まった衛星諸国であったことを強調しました。たとえば、第一次世界大戦と第二次世界大戦の間の大不況期の際、先進国との貿易が減少したことによって、ラテンアメリカの国々は工業化と経済発展が可能になったというのです。
つまり、貿易や開発支援を通じてではなく、むしろそうしたものが途絶えて国家間の関係性が弱まることが、それらの国々の発展を可能にしたと論じたのです。これはまさに低開発が中枢諸国による収奪そのものであることを示す事例であると言えるでしょう。
もちろん、現在の視点から見て、フランクの議論に問題がないわけではありません。グローバルサウスの開発や発展をめぐっては、さまざまな分野からさまざまな議論が提出されているからです。
ですが重要なのは、フランクの議論がラテンアメリカを中心に多大なる影響を今でも与えている点です。私はグローバルサウスの社会学者たちと一緒に本を書いたことがありますが(Southern Hemisphere Ethnographies of Space, Place, and Time, Peter Lang, 2018)、その執筆過程でのやりとりで無視できない前提だったのがこの低開発という概念です。概念との距離感はそれぞれの執筆者で違いましたが、それを念頭に置いてからでないと議論が開始できない点は共通していました。
日本で開発や発展について考える際には、鶴見和子の提唱した「内発的発展論」のような重要な知見があります。西洋近代の尺度を前提にした外発的な開発とは異なり、日本の地域社会の固有性に立脚した内発的発展のありようを考えることは示唆的ですが、しかし日本ではどちらかといえば、低開発ではなく未開発をめぐる論点の方が強調されていたと思われます。
これに対し、グローバルサウスの研究者と共同で本を書くことは、低開発という論点に向き合うことでもありました。日本で議論するときにはそれほど踏まえないで済むものが、別の研究者共同体に身を置くと当然踏まえるべき論点となっている。つまり「当然踏まえるべきもの」が何であるのかは、どの国や地域から世界を見通すかによって異なるのです。踏まえるべきものをめぐる多元的なあり方を、私はそのときに実感したのでした。
近代化とポストコロニアル社会
本稿の冒頭の論点に立ち返りましょう。近代化について考えるときに、フィリピンのようなポストコロニアル社会の事例を組み込むことで何が見えるようになるかという点です。
ひとことで言えば、近代化をめぐっては、一国的な視座で考えるだけでなく、同時代の別の空間との関連性を踏まえることが重要になります。フィリピンの近代化は、フィリピンの内発的な条件だけでなく、過去の植民地支配や現在まで継続するポストコロニアルな条件において構造化されていると捉えることができます。
ショニール・ホセの小説にアメリカや日本の話が頻繁に登場するのは、まさにフィリピンの置かれた低開発の状況を映し出しています。それはまた、日本の近代化を考える際にも、日本の内発的条件だけでなく、いかに同時代の別の空間――ホセの小説を題材にすればフィリピンから輸入される木材など――との関連性においてそれが可能になっているのかを思考する必要性を示しているのです。こうしたトランスナショナルな絡まり合いを解きほぐすことは、近代化を考える際の重要な作業になるでしょう。

