ジョットに始まる革新的な表現を単に継承するだけでなく、そこに独自の要素を加えて自身の様式を確立させたのがピエトロ・ロレンツェッティです。彼の代表作であるアッシジのサン・フランチェスコ聖堂に描かれた「キリスト受難伝」連作[図1]のうち、前回は《エルサレム入城》の場面を、中世やジョットの同主題作品と比較して、この画家の特徴を浮き彫りにしました。

それは主にエルサレムの街並みといった屋外の表現にあったわけですが、今回は《最後の晩餐》[図2]の場面を軸に彼の室内表現に注目していくことにしましょう。

中世における「最後の晩餐」の表現
イエスがエルサレムにやって来たのは、ユダヤ教徒にとって重要な「過越祭」の時期でした。それを12人の弟子たちと共に祝うために、一軒の家を用意させたのです。そしてその食事中に、彼は弟子のひとりが自分の身柄をユダヤ教の高位聖職者たちに引き渡そうとしていると明言するのです。その後、イエスは賛美の祈りを唱えたパンを「わたしの体である」とし弟子たちに食べさせ、感謝の祈りを唱えたワインを「多くの人のために流されるわたしの血である」として彼らに飲ませました。これがキリスト教会で現代でも行われている聖餐の起源です(第12回コラム参照)。
東ローマ帝国の中世美術において、「最後の晩餐」のプロト・タイプ(原型)のひとつとされるのは、『ロッサーノ福音書』(6世紀半ば)に掲載された挿絵[図3]です。

半円形のテーブルの左端にイエス、その反対側に弟子たちのリーダーであるペテロが横たわっていますが、全身像で描かれているのはこのふたりだけです。残りの11人の弟子たちは上半身のみで表され、彼らの真ん中に置かれているのが裏切り者のユダです。彼はテーブル上の鉢に手を伸ばしていますが、イエスも同じ鉢に手を差し出しています。これは「わたしと一緒に手で鉢に食べ物を浸した者が、わたしを裏切る」(『マタイによる福音書』 26:23)というイエスの言葉に基づいています。このことからこの挿絵画家は、裏切り者が明らかになった瞬間を描き出そうとしていることがわかります。
600年程後にヴェネツィアのサン・マルコ聖堂に施されたモザイク[図4]は、作品の規模は全く異なりますが、登場人物の配置は前述の挿絵と基本的に変わっていません。

ただしイエスの隣に座っている弟子は無髭(むぜん)の若者になり、師の胸にもたれかかっています。これはペテロから裏切り者が誰なのかを聞くように促されたヨハネが、「イエスの胸もとに寄りかかったまま」(『ヨハネによる福音書』 13:25)、自分の任務を遂行しているところを表したものです。
もうひとつの大きな変化はイエスの手の動きです。彼は左手にパンを抱え、それを右手で祝福しています。これは明らかに聖餐を意味しており、テーブル上に『ロッサーノ福音書』の挿絵にはなかったワインの入った杯が加えられていることから見ても、この《最後の晩餐》は「裏切り者の告知」と「聖餐」を同時に表そうとしていることがわかります。
ジョットの革新
こうした中世の先行作例に対して、ジョットはどのような変更を施したのでしょうか。この画家から始まるルネサンス美術の基本的な特徴をひとことで言い表すならば、それは「イリュージョン」を創出することであると言えるでしょう。よりわかりやすく言うならば、遥か昔に起きた聖なる出来事があたかも目の前で展開しているかのように見せることです。
ジョットはまず背景を中世美術で多用されていた金地ではなく青くすることで、現実の空を思わせるようにしました[図5]。

さらに「最後の晩餐」が催されたエルサレムの一軒の家を再現したのです。それは直方体の手前と右側の壁を取り払って室内の様子を見せるという極めて単純な手法ですが、人物像を包み込むような室内表現は、中世のキリスト教美術ではまったくと言っていいほど見られない革新的なものです。
この建築モティーフによって、壁画の観者は明確な奥行を感じ取るのです。そしてその感覚は人物像の配置によって、さらに確固たるものになっています。13人の登場人物は3人、5人、5人の3つのグループに分けられます[図6]。

つまりテーブルの側部にイエスとその胸にもたれかかるヨハネともうひとり、奥にはイエスを凝視するリーダーのペテロと他に4人、そして手前にはイエスと同じ鉢に手を伸ばすユダと4人といった具合です。こうした人物像の配置によって、画家は部屋の奥行をはっきりと示そうとしているのです。
中世美術との違いは人物像の顔の向きにも見て取れます。サン・マルコ聖堂のモザイク[図4]では、聖なる者は両目を描くという中世の伝統に従って、イエスと聖人たちは正面向きに近い四分の三面観で表されています。それに対してスクロヴェーニ礼拝堂壁画では、前景に置かれた使徒たちは背中向きなので目が描かれていない者もいます。彼は伝統的な規範よりも3次元的な空間を創出することを優先したのです。
また真横向きの顔の表現は、サン・マルコ聖堂モザイクのユダ[図4の中央]のように、悪魔に取りつかれた者に対してしばしば用いられていましたが、ここでは画面内の人物像どうしのつながりを重視し、そうした決め事も完全に無視していることがわかります。
一方、聖なる証である光輪を見てみると、サン・マルコ聖堂モザイクでは常に円で表していましたが、ここでは顔の向きに応じて少し形を変えていることがわかります。それによって聖人の背後に薄い円盤があるかのように見せているのです。こうした工夫によりジョットはイエスたちをできるだけ自然に表現しようとしましたが、おそらく手前の5人については光輪をどのようにすべきか頭を悩ましたはずです。彼らの頭の後ろに光輪を描こうとすると、頭全体がみえなくなってしまうからです。そこでやむを得ず、彼らについては顔の前に光輪を置くように描いたのです。
最後にイエスとユダの右手に注目してみましょう。イエスはパンを祝福するのではなく、それを鉢の水に浸そうとしていますが、同じ鉢にユダも手を伸ばしています。これは『ロッサーノ福音書』の挿絵[図3]同様、『マタイによる福音書』(26:2)に基づいて、裏切り者が誰であるかが明らかになった瞬間を描き出そうとしているように思われます。そのことはパンとワインの表現でも見て取れます。ここではサン・マルコ聖堂のモザイクとは異なり、パンとワインがひときわ目立つように描かれてはいません。つまりジョットは「最後の晩餐」における「聖餐」の要素をあえて消し去り、「裏切り者の告知」をより迫真的に表現しようとしたのです。
ロレンツェッティの独自性
こうしたジョットの革新的な表現を、ピエトロ・ロレンツェッティがサン・フランチェスコ聖堂の壁画[図2]において継承していることは間違いありません。ではそこにどのような要素を加えて自分自身の様式として確立させたのでしょうか。まずは空間表現から見ていきましょう。
ジョットに始まる明確な奥行を持つ室内の表現をロレンツェッティも採用しています。ただ、その建築モティーフははるかに複雑になっています。建物は六角柱と直方体の2つの連続した区画から構成され[図7]、そこには天井の木の梁、壁面から突出しているピラスター(付け柱)、コスマーティ風の装飾(壁面上の幾何学文様)、暖炉などが細部に至るまで精緻に仕上げられています。

画家は1世紀のエルサレムの家屋を再現するつもりは毛頭なく、14世紀の民家を提示しようとしています。それは前回のコラムで見たように《エルサレム入城》のエルサレムを、壁画が描かれた時代の中部イタリアの街並みで再現しているのと同じ考えに基づいたものです(第31回コラム参照)。
イエスと12使徒の配置は先行作例とは大きく異なっています[図8]。

ここでは、建物の形態に合わせた六角形のテーブルが設置され、その一辺に2人ずつ配された使徒たちが師を取り囲んでいますが、このことによりイエスの中心性は際立ち、弟子どうしの間に密な関係性が生まれています。右下で黄色い外衣をまとったペテロはイエスの隣に座っているヨハネに向けて、裏切り者が誰であるかを尋ねるように促しており、それを受けてヨハネは師の胸に寄りかかったまま「主よ、それはだれのことですか」と聞いています。
するとイエスは、「わたしがパン切れを浸して与えるのがその人だ」と応えるのですが、彼はまさにパンを左下のユダに向けて差し出しています。そしてそのパンを受け取るために右手を差し出す裏切り者からは、すでに光輪が消滅しています。この4人の中心人物が六角形のテーブルを挟んで二等辺三角形上に配置されることで、それぞれの間に緊密な関係性が生じるのと同時に、画面全体に安定性が与えられています[図9]。

一方、部屋の入口付近にはイエスたちに家を提供した主人と給仕と思われる者が話し合い、隣接している台所では、家の使用人たちが突然の客人への対応に戸惑っているようです[図10]。

彼らの手のしぐさや独特な衣服は、壁画制作時の中部イタリアの人々にとっては、ごくごく慣れ親しんだものであったに違いありません。彼らは当然のことながら福音書には一切、言及されていない人物たちであり、同主題の先行作例でも登場しません。暖炉の前で居眠りしている猫や皿をなめている犬も同様です。これらはすべて、壁画を見る人々に「最後の晩餐」の場面を身近な出来事として感じ取ってもらう工夫と言えるでしょう。
この面において、もうひとつの注目すべき点は背景の描写です。ジョットが中世の金地背景を大きく変えて、現実の空を思わせるような青い色面にしたことはすでに見ましたが、ロレンツェッティは聖書のエピソードに時間という概念を導入したのです。つまりこの壁画の背景は月や星が輝く夜空になっているのです[図11]。

[図11][図2]の細部
おそらくこの画家は、「最後の晩餐」という初期キリスト教時代から描かれ続けてきた主題を、初めて夜の場面として表しているのです。
ピエトロ・ロレンツェッティの独創性とは、福音書に記された聖なるエピソードを、自身と同時代の人々にとって可能な限りなじみやすくすることにあったように思います。その際に画家が細心の注意をもって描いたのが、建築モティーフや衣服、そして背景だったのです。
